吉野の里


奈良の里山風景。
彼岸花が田んぼのあぜ道沿いに咲き、なんだか懐かしい気持ちになります。奈良いいところだなあ〜。

去年奈良県の天川村に行く途中、吉野を通り過ぎてしまったのが心残りで、今年は少し立ち寄ってみようと吉野山を目指してみました。

・吉野神社

明治22年、明治天皇により創建された新しい神社です。
ちょうどお祭りの次の日でしたので、がら〜んとしていました。

奈良の子供たちの作品が飾られていました。
みんな本当に上手。さすが奈良っ子。

・金峯山寺

吉野山のシンボルで、役行者が創建された修験道の総本山。 
新潟に行った時、知り合いのお坊さんがここで最終の修行をしたと言っていました。

東大寺大仏殿に次ぐ木造大建築だそうです。
軒下が私よりも高いです〜。
偉大で圧倒される感じでした。

吉野葛屋さん
片栗粉にも寒天にもないあの滑らかな食感が大好き。

・吉水神社

もとは金峯山寺の格式高い僧坊でしたが、明治の神仏分離によって神社となったそうです。
源義経が弁慶らと身を隠し、後醍醐天皇の行宮であり、豊臣秀吉が花見の本陣とした等の歴史的逸話でがいっぱい。

義経潜居の間
源義経は兄頼朝の追手を逃れ、静御前、弁慶等としばらくここに身を隠しました。しかしそれも束の間、吉野落をされた義経は奥州へ落延びます。ずっと一緒だった静御前は、義経の子を身ごもりこれ以上お供できず、また吉野が女人禁制だったこともあり、二人はお別れをします。
ひとり吉野に残され、さまよう静御前。
なんとかわいそうなお話。
「吉野山 峰の白雪 ふみわけて 入りにし人の 跡ぞ恋しき」(吉野山の峰の白雪を踏み分けて姿を隠していったあの人の跡が恋しい)
と義経を慕う歌を唄ったそうです。

蝉丸の琵琶
「これやこの 行くも帰るもわかれては しるもしらぬも逢坂の関」
百人一首で有名な蝉丸法師は、歌人でもあり音楽家としてもその名が残っているそうです。

「北闕門」での邪気祓所
邪気とは「もののけ」ともいわれ、自然災害、事故、病魔の病などの邪気を清め祓う事が出来るそうです。トシオさん「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前」とはりきって唱えてました。えい!
わ〜知ってるの〜。時代劇が大好きなトシオさん、さすが物知り。

・吉野水分神社

創建時期は不明で、平安時代初めごろの書物ではすでにその存在が確認され、1000年以上の歴史があるそうです。現在の立派な建物は豊臣秀頼によって再建されたそうです。桃山時代の大変美しい建築でした。でも人影もない静かな境内は、過去と現在の境目が分からなくなるほどぼんやりして、少し怖かったです。
水を司る天之水分(あめのみくまり)大神を主神としています。

水の神様を祭る神社だったのですが「みくまり」が訛って「御子守(みこもり)」となり、いつのころからか子宝の神さまとして信仰されるようになったそうです。

知恵の神さまふくろうさん
神や精霊との仲介役です。

あ〜いい天気。

9月の終わり、木々が少しずつ秋めいています。

もみじがいっぱい。
この小道も秋が深まると真っ赤に紅葉してきれいなんだろうなあ〜

最後に桜はないけれど花矢倉展望台へ行きました。

兵庫の方から見えられていた方々と
チェレステ楽団の車を見て声をかけて下さいました。
桜の咲く頃は、人がたくさんで交通規制があり、ここまで来るのに何時間も歩かなければならないから、この時期にみんなで車で見に来たそうです。
ここから先ほど見てきた金峯山寺や吉水神社が見えます。
なんて美しい眺めでしょう。
さあみんなで桜の咲き乱れる吉野山を想像してみましょう。
桃色の雲に浮かぶ霊場吉野山。
いつか歩いて山に登り、この桜の絶景を見に行きたいと思います。

その時までさようなら


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空からの恵みや小さな幸せを紡ぎ、音楽・デザイン・映像制作をしています。チェレステとはイタリア語で天空という意味があります。


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