伊勢神宮


伊勢神宮

森の中にひっそりと鎮座する神様。
その聖域は想像以上に安らかで清らかで遠く遠くいとおしい、、、

伊勢神宮は正式な名称は「神宮」。
古くは伊勢太神宮とも言われたそうです。
「神宮」とは、皇大神宮と豊受大神宮の二つの正宮を中心に総計125のお社の総称で最も至貴至高の唯一のお社だそうです。

 豊受大神宮(外宮)へ

入り口の鳥居の奥の参道は大きな木々に囲まれ、聖域へと人々が吸い込まれてゆくようです。

外宮の前に「三ツ石」がありました。
正式には「川原祓所」(かわらはらいしょ)と言って穢れを祓う場所だそうです。
パワースポットだそうです。
目をつぶって手をかざしてみました。

豊受大神宮(外宮)

御祭神は天照大神の食事を司る豊受大神で、お米をはじめ五穀の豊穣、衣食住のめぐみを与えてくださる産業の守護神でもあります。
雄略天皇(約1500年前)に、天照大神の「お告げ」によって丹波国から、こちらへお鎮まりになったそうです。

3つの別宮(正宮に次ぐ高位の宮)

風宮(かぜのみや)

土宮(つちのみや)

多賀宮(たかのみや)
石段を登ると見守るように鎮座しています。
個人的なお願い事は、活動的で現実的なパワーを持つ豊受大神の荒御魂を祀るここでするとよいといわれているそうです。
若い方がたくさん。
小さいお願いごとをしてちょっとワクワクしました。

外宮のそばにある月夜見宮にも足を伸ばしてみることに。

月夜見宮
外宮の別宮で、ご祭神は天照大神の弟神、月夜見尊(つきよみのみこと)。
ここもみたされて優しい気持ちになります。

お参りした後は、境内に入って右手にある大きな楠にお願い事をしてもいいそうです。

お稲荷さんを祭った大きな木。

寝不足のトシオさんでしたが樹木のように、太陽の光をうけとりエネルギーを補給していました。

外宮から月夜見宮へ行く通りは「神が通る道」
とされ、「神路通り(かみじどおり)」と呼ばれるそうです。
通りの真ん中は神様が通るので人は端を歩くようにと子どもに教える風習があるそうで、確かに子供が端を歩いていました。
通りに「こうじや」というお味噌屋さんがありました。
味噌プリンをいただきました。
味噌の濃くのあるカラメルがプリン甘みを引きたて、とても美味しかったです。

その後、内宮へゆく前に猿田彦神社へ行きました。

ご祭神は猿田彦大神(さるたひこのおおかみ)。
高天原から宮崎県の日向の高千穂に向かう際、猿田彦大神がその道案内をしたことから、道や境界を守る神様、方位の神様として信仰を集めるようになったそうです。
車の禊もやっていただけるそうです。
道中無事でありますようにお祈りをしました。

神社の境内中央には、八方位を示す八角形の石の文字盤があります。
この文字盤の決められた方位の文字に手のひらを当てて祈願すると、願い事がかなうそうです。
三方位が〜なんとか〜とかいうことだけしか覚えていなく、自分の干支とフィーリングで手を当ててみました。良い方向を選んでいますように。

佐瑠女神社
芸能の神・縁結びの神として知られる神社だそうです。
ご祭神は天鈿女命(あめのうずめのみこと)。
天照大神が天岩戸に隠れてしまわれた時、舞を舞って岩戸を開かせたという女神。
原始の頃の舞はどのようなものだったのでしょうか。
夢でもいいからみてみたいです。

神社の後ろにはご神田がありました。神様に見守られ青々としていました。

 皇大神宮(内宮)へ

御祭神は皇室の御祖神、また私たち日本民族の大御祖の神でもある天照大神。
天照大神は、初め歴代天皇のおそば近くでおまつりされていましたが、永遠にまつる宮処を求めて、倭姫命が伊賀、近江、美濃等の国々を巡幸され、そして、垂仁天皇(約2000年前)の時に、伊勢の五十鈴川(いすずがわ)の川上に、「大御神の御心に叶った最も美しい永遠の宮処」としてお鎮まりになりったそうです。

宇治橋
五十鈴川にかかり、内宮への入り口。
聖域へ架け橋です。
気が引き締まる思いです。
宇治橋も20年毎に、かけ替えられるそうで、清潔感があってシンプルで大変清々しいです。
気が引き締まる思いでした。

また五十鈴川の美しさに、心の雑念が消えてゆくようです。

御手洗場
内宮参道を歩いてゆくと右手に徳川綱吉の生母、桂昌院が寄進したものといわれる五十鈴川岸の御手洗場にでます。
五十鈴川は別名「御裳濯(みもすそ)川」と呼ばれ、倭姫命が御裳のすそのよごれを濯がれたことから名付けられたという伝説があるそうです。

綺麗に手足を洗って、さあ参りましょう。
 
正宮

20年に1度、式年遷宮の大祭を行って建て替えられてきた宮は、2000年昔と変わらない姿を今も拝することができます。

4重の御垣に囲まれた一番奥にあるご正殿に、天照坐皇大御神がお鎮まりになっているそうです。
拝殿の前に立つともいなにも考えることがなくなる感覚がしました。
ただただ導かれるままに、ただただ大いなるそのご意志のままに。
 
ご鎮座以来まったく斧を入れることのなかったという禁伐林。大きく立派な鉾杉(ほこすぎ)から太古の歌が聞こえてきそうです。
またモミ、マツ、ヒノキ、カシ、シイ、クス、サカキ、など沢山の木が茂っているそうで、まさに鎮守の森ですね。

 

小さな石からも声がきこえてきそうです。

平日ですが夏休みということもあってか朝早くから沢山の参拝客が訪れていました。
みなさん同じように、心静かにお祈りをしています。
なんて平和なのでしょう。
橋をわたってしまっても、ずっとこの安らかな気持ちのまま暮らしてゆけたらいいなあ。

内宮の門前町「おはらい町」。
大変な賑わいです。江戸時代にタイムスリップしたようです。
江戸時代、日本全国から「一生に一度でも」と伊勢へ押し寄せ、満足な宿泊施設もない当時の参宮は、命懸けの旅だったようです。

「おかげ横丁」
そんな中、自分の施しが神様に届きますようにと旅人を支え、
あたたかく迎えた伊勢の人々。
時代はかわってもその心は受け継がれ、自然の恵みに感謝し、
日々おかげさまの心が息づく町。
「おかげ横丁」はそんな思いが込められているそうです。

すっかり心も体もいっぱいになりました。

午後は知人に教えていただいた、伊勢神宮から車で志摩市の方へ30分ほどの、志摩のもうひとつのお伊勢さん、
「伊雜宮」へ行きました。

志摩国の一宮で祭神は天照坐皇大御神御魂。
内宮から遠く離れた場所で天照大神の魂を祀ることから、「天照大神の遙宮」(とおのみや)と呼ばれるそうです。

いろんな説がありますが、伊勢神宮によると、倭姫命が志摩国を訪れた際、伊佐波登美命に出迎えられ、御贄地にふさわしい土地であるとして伊雑宮を建立したとされているそうです。皇大神宮に準じ、20年に一度の式年遷宮のためのお木曳行事や祭事が行なわれているそうです。

またこの周囲には、浦島太郎や海女が龍宮へ行ったという伝説がいくつかあるそうです。
玉手箱もあるそうです。
また海底に鳥居に似た岩があり、伊雑宮の鳥居であったと云われているそうです。 
とても興味深いお宮でした。

偉大な聖なる森。
小さな魂がふわふわ浮かんで、足取りが軽くなってゆきます。
吹く風はどこかなつかしく、優しい香りがしました。
確かに心のふるさとがここにあるような気がしました。

★伊勢神宮巡り。
なかなか説明ばかりになってしまい、読みづらいかと思います。
すみません。


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空からの恵みや小さな幸せを紡ぎ、音楽・デザイン・映像制作をしています。チェレステとはイタリア語で天空という意味があります。

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