少し車疲れをしてきたようで、津和野の町でゆっくりするとにしました。
「つわぶきの生い茂る野」
遠い昔、この地に住み着いた人々は群生するつわぶきの黄色い可憐な花に魅せられ、「つわぶきの野」・・・ 「つわの」と呼ぶようになったそうです。その歴史は約9000年前の縄文時代までさかのぼるそうです。なんてロマンティック。


泳ぐ鯉と一緒に歩いてゆく。
鯉と仲良しになって、これだったら学校の帰り道、ひとりぼっちでも寂しくないのになあ。


津和野カトリック教会
城下町に大変溶け込んだ、ゴシック様式の石造建築。
「乙女峠のキリシタン迫害」の悲劇を繰り返さないようにと、
昭和6年にドイツ人のシェーファー神父が建てた教会だそうです。


保護者として定められた「幼きイエズスの聖テレジア」。
昭和21年当時の主任司祭パウロ・ネーベル(後に岡崎祐次郎と改名)は、
聖テレジアの元のフランス修道院よりこの絵を貰ったそうです。


美しいステンドグラスを通した光が聖堂内を照らします。
畳の上に腰掛けてお祈り。お家の中のようで、心地よい安らぎを感じます。
静かな落ち着いた場所でお祈りをする時を欲しているのでしょうか。
疲れた心がすーっと癒されてゆきます。

 


悲しみを包み込む優しい光。
優しいまなざし。
マリア様の手のひらからぬくもりが伝わります。

長崎浦上村のキリシタン信徒を改宗させるために、153名の信徒が津和野に預けられました。
信徒達は乙女峠の光淋寺に預けられ、1868(明治元)年より1873(明治6)まで残酷な拷問を受けます。そして36人が殉教しました。


毎年5月3日はその乙女峠で「乙女峠祭」が行われます。
教会から乙女峠まで信者の列が続き、マリア聖堂前でミサが行われるそうです。


マリア聖堂を建てられたパウロ・ネーベル司祭様は雨の日も雪の日も欠かす事なく乙女峠に行き、
礼拝と清掃をされていたそうです。
今も変わることなく美しく祈りに満ちていました。

 


殉教した少女や、青年がステンドグラスに描かれています。


日本で唯一、聖母マリアが降臨された地といわれているそうです。


優しさの中に、天上へ向けた指先に強い思いを感じます。
心を支え続けたマリア様。
安太郎という青年は、裸でこの牢に閉じこめられ、20日間耐えた末衰弱し殉教しました。
夜ごと青い衣装の女性が現れ、夜明けまで話をして慰めてくれたそうです。


マリア聖堂から千人塚に続く600mの十字架の道。


キリストの救いのみ業が刻まれた14の石碑がところどころ建てられています。

 


千人塚

 


森の息吹のなかで、
深い悲しみが安らかな眠りとなりますように。