奈良へ。

関西へ行っても大阪 、京都とよく訪れますが、なかなか奈良や三重、和歌山の方まで足を延ばすことはありません。
ですので思い切って紀伊半島の方へ足を延ばして見ることにしました。
と言っても、8月までに関東に戻らなければならないので、的を絞って行くことに。

そして知人に教えていただいた芸能の神様がいらしゃるという天河神社へ。

それが思っていたより、とても遠く、途中にも奈良の世界遺産が沢山あって、目移りしてしまいそうになります。

京都から琵琶湖のそばを通って、奈良へ。

混み合う観光地を避けて
憧れの吉野山の方へ抜けました。
本当は寄ってゆきたいのですが、ちょっと寄り道、というわけにはいかないぐらい、道は狭く、見所も沢山です。
「あさぼらけ有明の月とみるまでに吉野の里にふれる白雪」この百人一首が唯一今でも覚えている大好きなうたで、どんなところだろうと、小学生のころから夢に見ていました。
 もう日もくれて真っ暗闇。何も見えません。
またいつの日か。


途中でうとうとしていると、神社の前に。
なんとなく来てみた〜。
とトシオさん。


ここは 日本最古の水の神様を祀る丹生川上神社下社 。国の一大事や天変地異のときに祈祷を行う二十二社にも入る神社だそうです。
由緒は不詳ですが、土地の古老の伝えに、丹生社二千六百年前、神武天皇が丹生の川上で天神の教示を受け祭祀を始めた神社)の鳥居が洪水によって流され、それを拾って神体として祀ったのがはじまりだそうです。

神社後ろの丹生山山頂に、祭祀遺跡と思われる石群があることや、昔この辺りに多くの井戸が湧出し 、神社の前を流れる丹生川流域には丹生神社が点在することから古くからの水神信仰があったのではないかと言われています。

拝殿の奥に七十五段の階段があり本殿へとつながっていました。この階段を登ってゆくように謙虚さ、感謝の気持ちを持って前向きに穢れ(気枯れ)なく歩む、「下座の心」というコメントが、置かれていました社報に書かれていました。


御神木の欅(樹齢500年)
心静かに大木の幹に手を触れて生気を頂きながら何か一つだけ願をかけてみよう
思わぬ御利益に預かることができるかも、とありました。

ひとつだけお願いしてみました。お昼寝後で頭がぼんやりしていたので、何をお願いしたか忘れてしまいました。その時何を考えていたかな〜。


産霊石
むすびの神さま。
他にも牛石と蛙石という石があって牛のように粘り強く、カエルの様に瞬発力のある行動が出来ますようにと願い3回撫でると良い石や、神聖な水も頂けたりと、すっかり癒されました。

優しくって心地よくて、お家のそばにこんな神社があったらいいな〜。
トシオさんもとても気に入ったようです。安らかな顔をしていました。

聖なる水に感謝して、今晩の宿泊地「吉野路黒滝」という道の駅へ。
日曜日でしたので沢山の人が訪れていました。駐車場もいっぱいです。


お店の奥の広場に川が流れていて、お子様連れの家族が川遊びをして賑わっていました。
台風も去りまた気温も上がっていましたので、冷たい川の水に子供は大喜び。
石ころをひっくり返して虫を取ったり、カニさんを取ったりこんな風景、もうずっと見ていなかったな〜。
川での魚釣りなどの規制が厳しくなって、親子で魚釣りをしたり、おじいさんがのんびり魚を釣る姿もなかなか見かけません。
みんなお金を払って魚釣りをしていますので、業者のかたや本気モードのかたばかり。
私達も放浪の旅をしても、登録していませんので、海以外での魚釣りは出きないそうです。
今晩のおかずぐらい取れれば良いのにな〜。
トシオさんが嘆いていました。

夜も遅くなるとあの賑わっていた道の駅が一変して、真っ暗闇に。
こわーいです。
川の流れの音がごうごう聞こえて、霧が立ち込め、吸い込まれてゆきそうです。
止まっている車は私達だけ。
いつもは車の多さに嫌になるけれど、ここまでさみしいと不安。
眠れるかなあ。
このところ、充実しすぎて目を閉じると、電気のスイッチのようにプチんと意識が飛んでゆきます。

きっと朝までぐっすり眠れるでしょう。

明日も素敵な1日になりますように。