杵築カトリック教会を出て、心もお腹もいっぱいになったので、
お城をお散歩することにしました。


杵築城。
昭和45年に模築。日本で一番小さいお城と言われているそうです。
どうりで、真新しくて可愛らしい感じ。

応永元年(1393)大友一族の木付頼直によって築城され、代々受け継がれますが、大友義統が秀吉に幽閉された時、17代木付統直は切腹して木付氏は滅びました。
その後替わり替わって、明治まで松平氏が12代にわたって居城しました。
江戸時代には震災や暴風雨によって天守閣が損壊し、城を跡にして山麓に居館を移しました。
今は城跡は公園となり、新しく築いた天守は資料館となっています。

神父さまのお話の中で、杵築のキリシタンたちのお話がありました。
大友一族といえばキリシタンを思い出しますが、この頃はこの杵築でもたくさんのキリシタンがいらしたそうです。
秀吉の時代になると、キリシタン禁止令が発令され、キリシタン達は、お寺や神社のあるところよりもさらに上のほうに雷神社などを建てて、また祈りの言葉を逆さに読んだりしながらそこで静かに信仰を続けていたそうです。
九州がキリシタンであふれるのをみて、秀吉は日本が他の国からの侵略され征服されるのを恐れ「キリシタン禁止令」を出したといわれていますが、でも本に心を救ってくれた信仰を、奪い去ることは出来なかったのでしょう。
私の祖父が戦時中、ビルマ(ミャンマー)の海で爆撃に遭い、奇跡的に助かった後、リュックサックに紛れこんでいたどこの何だかも分からない仏像に祈りを捧げつづけたその思いは、誰にも止めることは出来ないですものね。

スペインからいらしたフラガ神父様は複雑な思いで、この日本を見つめてこられたことと思います。
文化というものがあまり好きではないとおしゃっていた神父さま。文化や文明は進化しているはずなのに、ある時代の文化を重んじすぎて、今という時を忘れてしまっている。。。
とても難しい問題ですね。このことについて今日何度も考えて、ブログを書き直しています。
文化って何だろう。
杵築の町も江戸時代より前にはその文化があり、その前にもその前にも、追いかけてゆくと原始の話になってしまいます。
文化を大事にといってもどの文化を大事にすればと分からなくなります。
結局は、今何が大切なのかを自分で選ばなければならない。

知人に聞いたお話ですが、天然記念物であります朱鷺という鳥を保護することは一見素晴らしいことのように思われますが、でも実際は絶滅してゆくのにも意味があって、今の時代ではもう朱鷺が暮らして行けない環境にある。だから保護をしているように見えても朱鷺のほうからしたらもう苦しくて、生き地獄のようなものなんだよ。かわいそうなんだよ。と。
そうやって考えると人間のエゴでいろんな事がちぐはぐになっているのではないか。。。いっぱいある気がする。。。
これから、ちゃんと大事な選択をすることが出来るのでしょうか。情報も何が本当で嘘なのか分からないし口にするのも怖い時代です。でもちゃんと考えて生きてゆかなくちゃ。

少し話がそれてしまいましたが、、、。

それでも杵築の町のように、華やかだった江戸時代の城下町を残すと決めて、そしてそれに今の風も取り入れて、しっかりと町を築いている姿、本当に素晴らしいですね。皆さんの町を思う思いが文化となってゆくのでしょう。

どんな時代になってもどこへ行こうとも神父さまのように大きな愛があれば、きっと心通じ合える。宗教も文化も超えて、、、、ふるさとのように海の風が吹き、人々も温かいこの杵築の町に来て、神父さまは今幸せだとおしゃっていました。
神父さまのいらっしゃる杵築の町、
そしてスペインがとっても好きになりました。
ありがとうございました。


城跡からの眺め。
お城の主は変わっても、この眺めはずっと変わらずここにあるのでしょう。

空を旋回する鳶。風に乗って杵築の町をぐるぐる。
お昼に寄り道した杵築の町。
どっぷりつかってしまいました。
さあ私たちもチェレステ号に乗って出発!!