久米南町にやってきました。
高槻市を出て、2号線から373号線に曲がって、久米南町まで長かった〜。
すっかり日も暮れてしまっての夜の山道は怖いですね。
街灯がないのでどこに続いているのか、通れる道なのか、不安でいっぱい。
そんな夜の道で子鹿ちゃんに出会いました。
お互いびっくりして、右往左往してしまいました。
驚かせてしまってごめんなさい。
それから何か飛び出してくるのではないかとすっかり怖くなってしまって、のろのろと車を走らせ、道の駅に着いたらもうぐったりしてしまいました。
でも無事について良かった〜。

久米南町には全く面識はないのですが、たまたまネットで久米南町のゆるキャラ?ハープ弾きのカッパちゃんを見つけて、なんなのだろうか気になって、頭から離れず、来ちゃいました。


道の駅に小さな銅像があって写真を撮ろうと思ったのですが、かわいそうに、手がちぎれていて、なんだか悲しい気持ちになってしまって、、、。写真を撮るのを忘れてしまいました。これを目指してきたのに、、、。でも道の駅のショップのたれ看板に少し写っていました。しかしなぜカッパがハープを持っているのでしょう、、、。いまだ謎のままです。


久米南町は法然上人の誕生の地だそうです。全く知りませんでした。ハープ弾きのカッパちゃんにのおかげです。


4月の第3日曜日には、法然上人のご両親を娑婆世界から西方浄土にお迎えするという「会式法要二十五菩薩練供養」が行われたそうです。室町時代より始まり、現在、岡山県の無形文化財に指定され、日本三大練供養の一つと云われているそうです。今年は法然上人800年大遠忌の年にあたり、たくさんの方が見えられたのでしょうか。行きたかったです〜。間に合いませんでした〜。来年は行ってみたいなあ。


法然上人のお手植えと伝えられる樹齢850年の大いちょう


御影堂内部。外から眺めていましたら、中にお入りなさいとお声をかけて頂いて、ゆっくりお参りすることが出来ました。お写真を撮らせていただいたら、不思議な光の線が写っていました。


法然上人に夜襲の際、右眼を射られた明石定明が、川で目を洗うと、以後片目の魚が出現するようになったと言われる片目川。

誕生椋。法然上人御誕生の際、2つの白幡が飛んできて椋の枝に掛かり、その椋が枯れた時、法然上人のお姿が昇天したと言われているそうです。

産湯の井戸。弘法大師が、
「やがて世は末法乱世に入り、その時、此処に唯一の万民救済の聖者が誕生されるであろう」
と予言され、錫丈で地を指された所に清水が湧き出し、後に法然上人誕生の産湯の井戸となったそうです。

法然上人の両親が祀られる奥の院六角堂


奥の院の脇の田んぼへ抜ける道が椿の花で赤く染まっていました。
あんまり美しかったのでしばらく見とれてしまいました。ずっと寒かったのに、この日は急に気温が上がったので、ぽとんぽとんと落ちていったのでしょうか。
何のためらいも疑いもなく地に落ちて、横たわる椿の花びら。
また来年も花開く事を信じて。