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ハロウィンも終わり、あっという間の11月。今年はばたばたとした移動が多く、また北海道への旅もしたので、なかなか慌ただしく、じっくり作品に取り掛かることができませんでした。

この秋冬は九州の実家で作品制作に励むことにします。

トシオさんも疲れが出たのか、秋になってアレルギーが出始め、鼻炎や咳がなかなか抜けず、ちょっと辛そうです、、。早く治るといいなあ。私の方も、先日の祝賀会が終わって、一休みにと家族で軽井沢のお宿にゆっくりお泊まりのはずが、急に下がった気温に耐えられず、久々に風邪を引いてしまいました。せっかくの楽しいはずの時間を台無しにしてしまいとほほ、なんと情けない。

でもとっても素敵なお宿で、また行きたいなあ。飲泉することが出来る温泉が美味しくて、あの温泉で湯豆腐なんてしたら美味しんだろうなあ~なんて思いながらお宿でじっくり体を休めました。またこの時期だけのりんごのお風呂の甘い香りが忘れられないなあ。そんなわけで、長野から九州までの旅は二人体調不良と、台風の恐怖のなか、冒険することもなくなんとか実家まで~。

 

それでも、長野は秋めいて、紅葉が見られました。途中体調が少しでも良くなるといいなあと思い、伊那市にありますゼロ磁場に立ち寄りました。以前何度か訪れてますが、私の波長ととっても合うのか、いつも体調が良くなるので、この風邪も吹き飛ぶといいなあと祈りを込めて。

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メディアで紹介されたからか、ここを訪れる人が多いようで、今はシャトルバスでしか現地まで行けないので、お金もかかるしちょっと気軽ではなくなっているのが残念です。また山の散策も出来なくなって、、。ずっと前は湧き水をくめたり、もっと自然と一体となれた感じだったのですがそれも出来ず。今は整備された観覧席に座り自然を眺めるような、木の腰掛けで、じっと静かに座るそれだけの場所です。それでもゼロ磁場には変わりがないので、ゆっくり1時間ほど腰掛けてきました。

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この時期、雨が多く、気温もぐんと下がるので風邪引きには酷かなあと思ったのですが、お天気には恵まれて、暖かかな日でしたので本当に良かった。ぼんやりしていると、木々は風に揺れる音、いろんな虫たちの足音や、羽音、鳥の鳴き声など聞こえてきて、大地の音楽会に来たようでとっても癒されました。すると滝のように流れ落ちていた鼻水も止まり、体がぽかぽか温かくなり元気が湧いてきました。嘘みたいに体調が良くなって、、。風邪もすぐに治りました。本当にゼロ磁場は自分に合うんだなあと再確認しました。まったく不思議な場所です。

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今年の春に亡くなった大好きな小澤さんがクリスマスやお祝い事があると、プレゼントしてくれていた「hana」のハロウィンの可愛いクッキー。小澤さんの奥様の幸子さんが関町協会のテレジア祭でプレゼントしてくださいました。あんまり可愛くて食べるのがいつももったいなくて、、。ハロウィンがやってきたので、楽しく頂きました。一つ一つ手作りの可愛いクッキーは、見た目だけでなく本当に美味しいクッキーで、大ファンな私たち。小さいもの好きの小澤さんがニコニコ可愛いクッキーを眺めている姿が目に浮かぶようです。

幸子さん本当にありがとうございます。

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ハロウィンの日は、悲しい出来事もありました。実家の近所の同級生のお父様が亡くなられてお通夜に行きました。同じ月の10月初めにお母様も病気で亡くなられ、、本当に悲しい出来事でした。仲のいいご夫婦で評判で、ご長男が「きっと二人一緒にいたかったのでしょう。」という言葉で、悲しみの気持ちが優しさへかわり、きっと夫婦仲良く豊かで素敵な人生を送られていたんだなあと思い、心が救われました。天の神様のところできっと二人はまた一緒にいることでしょう。そのやさしい愛が残された子供たちに降り注がれ悲しみを癒してくださいますよう祈ります。

キリスト教では11月は死者の日と呼ばれ、先立って天に召された人々に祈りを捧げられます。今年は大好きな方々とのたくさんの別れがありました。残された人たちの悲しみをどうか救ってくださいますように。

関町協会の神父様が定期的に送って下さる文章の中に素敵なメッセージがありました。

『「その日がいつであるか、誰も知らない」それゆえに「いつも目覚めていなさい。常に備えていなさい」(キリストの言葉)

わたしたちは一日を終えると、もうその一日をやり直すことは出来ません。つまり、その一日を生き、その一日を死ぬのです。それゆえに今日という一日をどう過ごすのかを考えて生きる人とそうでない人の差は大きいと思います。死者の月は、亡くなられた方々のために追悼の祈りをささげるためという目的だけでなく、今、生きているわたしたち一人ひとりが自分の人生をどのように悔いなく生きているか、そうではないかを考える時でもあると思います。』

毎日が奇跡のような大切な1日。生かされていることへの感謝と、愛を込めて1日1日を大事に過ごしてゆきたいです。