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トラピスト修道院への並木道
函館にやってきました。16日に函館で花火が上がることを知って、急ぎ足で函館にやってきました。16日はちょうど日曜日でしたので雨が降っていましたが、朝、函館の隣の北斗市にありますトラピスト修道院の敷地にあるカトリック当別教会に日曜日のおミサに行きました。
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カトリック当別教会。

修道院の神父さまによって行われるおミサ。聖堂内は真っ白の壁にちいさなステンドグラスの小窓がたくさんあって可愛らしかったです。全て歌によって進められていくおミサは大変美しく、み言葉が心に聖堂にやさしく響き、心穏やかにお祈りができました。またオルガンの響きがなんて美しいのだろうと思っていましたら、演奏されていた方は日本で5本の指に入るほどの経歴を持つオルガニストの修道士さんで、当別教会でオルガンを弾ける人がいないので、ミサのために伴奏をしてくださっているそうです。ひっそりとささやかに美しい響きを奏でる姿が印象的で素敵な思い出になりました。また奉納のお手伝いまでさせていただいて、大変心が充実しました。

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おミサが終わると、雨が上がっていました。マリア様のお恵みでしょうか、教会の方にお声をかけていただきました。茨城県から来たことを告げると、その方は、修道院のお手伝いをしている方で、修道院の礼拝堂を案内しましょうかと言ってくださいました。

トラピスト修道院は男性の修道院なので、普段は女性は入ることができません。関係者でない一般男性も見学希望の申し込みをし、往復ハガキでのの手続きをしなければならず、旅人には難しいかなあと諦めていたのですが、なんという幸運なのでしょう。

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修道院の入り口へ。
鐘が二つ。白い塔の中では修道士さんが時間になると紐を引っ張って鳴らしているそうです。昔のままです。
礼拝堂は、撮影禁止なので写真はありませんが、とにかく静寂で、祭壇の上の真っ白な壁に舟越桂さんの作品のマリア像が掛けられ、その眼差しがやさしく聖堂を包み込んでいました。腕まくりをされているマリア様は、お仕事をされている姿であり、働くこともまた神様のお恵みとされていることを教えてくださいます。木でできたパイプオルガンもありました。四年前、お知り合いになった修道士さんが時々修道院案内の時に弾かれていたそうです。実はその方にお会いしたくこの教会に訪れてみたのですが、その方は大分の修道院に移られたそうで今回はお会いすることができませんでした。でもまた違った素敵な出会いでこの場所で、その修道士さんの聖なるオルガンの響きが染み渡る聖堂にお寄りすることができ、感謝の気持ちでいっぱいになりました。
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教会の方と。五十年も修道院のお手伝いをされているそうです。修道院の敷地の中にご自宅があり、生まれた時からこの敷地で育ったそうです。ご両親も修道院とともに暮らし、8人姉妹で、修道女になられたお姉さまもいらして、まるで聖テレーズの家族のようです。神様の恵みの中での暮らしに心がいつも洗われ、心穏やかに幸せに暮らしているそうです。なんて素敵なのでしょう。この出会いとお世話になりましたお礼に修道士さんにお渡しするはずだったCDをちょうど持っていましたのでお渡しすると、以前にお会いした修道士さんが私たちのクリスマスのCDを修道院の食堂で流していただいたお話を知ってくださっていて、なんだかとても嬉しくて涙がこぼれそうになりました。

雨がまたたくさん降り出し、「もしお時間ありましたら、お家に寄りませんか。」とお誘いいただいて、雨宿りに寄らせていただきました。お家は本当に修道院のすぐそばで、お花やお野菜の植えられたお庭の向こうは、修道士さんの牧場が広がっていました。そして修道院やお庭で取れた昔ながらの無農薬栽培のお野菜をいろいろ味見させていただいているうちに、すっかりご馳走になってしまいました。
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ルバーブのジャムをはじめていただきました。甘酸っぱくて美味しい!修道院のヨーグルトと一緒に。修道院では自給自足の生活で、昔のままの調理法でお料理を作られるそうです。ご飯もパンを焼くのもかまどで火を焚いているそうです。唯一女性でキッチンに入ることのできる奥様は修道士さんのお食事やクッキー作りなどのお手伝いをしているそうで、焼きたてのクッキーやバター飴、パンやお野菜を帰りにもたせてくださいました。なんというお恵みなのでしょう。感謝の気持ちで胸がいっぱいです。

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旦那様は、九州の出身の方で、まだ中学生ぐらいの頃、貧しかった家を出て、北に向かって各地を歩き、本で読んだこのトラピスト修道院に2月の雪の中、函館駅から徒歩で修道院へ行き扉を叩いたそうです。その頃の修道院の院長様が大変心の広い方で、クリスチャンでなかった旦那様を快く受け入れて、修道生活をさせていただいたそうです。「未だに修道院に足を向けて眠ることができない。今があるのは修道院のおかげ、本当に感謝している」と語る旦那様。修道院とつながりのあった奥様の家族のお家に訪問しているうちに、奥様と仲良くなり修道士ではなく、結婚の道を選ばれたそうです。本当に心穏やかなお二人。こんな人生もあるんだなあと驚いてばかりです。「窓の外に見える景色が、四季折々美しい姿を見せてくれるので、見飽きることがないんです。修道院のお仕事は大変ですが、いつも神様のお恵みをいただいています。どこにも行きたくない、素朴な暮らしですが、すずっとここにいたいのよ。」あ~何て素敵な響き。旅人の心をぐっとわしづかみです。そんな暮らしを私も見つけたい。こんな素敵なご夫婦にお会いし、こんな素敵な暮らしを見せていただけて、、、。心の中で何かが変化するのを感じました。暮らしの形は違っていても、神様にお仕えする暮らし、私たちの音楽も旅の生活もそうでありたい、、。

修道院は昔は修道士が60人ほどいたそうですが、今は20人ほどしか暮らしていないので、いろいろお手伝いが必要なのだそうです。牧場も畑もバターやパン作り、観光用のおかし作りなどなど修道士だけでは手が足りないのでいろいろ掛け持ちでお手伝いしているそうです。修道院は全て手作業による自給自足の暮らし。便利な世の中になって、なかなか修道士の厳しい暮らしを希望する人も減ってしまったようです。時々心に悩みを持った方が癒されに訪れるそうですが、修道院は神様にお仕えするお仕事。共同生活の厳しい暮らしの中で、神様に寄り添い、世の中に奉仕し、希望を持って明るく暮らして行ける人でないと難しく、修道院に入っても逃げ出してしまう人が結構いるそうです。修道院も教会も人が減っている現状、、。人の心は混沌とした世の中に溺れ、都会に人が集中し、災害や戦争が各地で起こり、悲しみ憎しみにあふれる今こそ、祈り、自然に寄り添う素朴な暮らしが必要になってくるのではないかと思います。腕まくりをしたマリア様。北海道の自然は厳しいけれど、愛情を忘れず、大地に感謝して生きぬくご夫婦のお姿が重なって見えるようです。いろいろなことを考えさせられ心に残る時間となりました。

本当にありがとうございました。函館がまた特別な場所になりました。この出会いに感謝。