雲仙が見渡せる「みずなし本陣ふかえ」という道の駅。
晴れていますが、雲仙は雲に覆われていました。


この道の駅には、雲仙普賢岳噴火による土石流災害の爪跡を保存した、土石流被災家屋保存公園があります。


お家がすっかり土石流に埋もれています。
人間はただただ地球の、大地の一部であり、埋もれても埋もれても立ち上がって生きてきているからこそ、今があるのだなあと感じました。


浜の川湧水
島原市は古くから湧水が豊富で「水の都」とも呼ばれていたそうです。
雲仙岳の噴火による地殻変動により自然に湧き出てきたそうです。
街のあちこちに飲料所がありました。
自然は時に試練を与えますが、こうして命の恵みも与えてくれます。
4つの区画に区切られた洗い場があり、飲用、冷却用、食料品や食器等の洗浄場所等が区分けされていました。


冷たい水に癒されていましたら、子供たちがわ〜っとやってきました。
ちゃんと、一番最後の洗い場に足をつけていました。みんなで大切にしているんだなあ〜


島原城
なんと立派なお城。
原城跡を見てこちらに来てしまったので、素晴らしいというよりもちょっと沈んだ気持ちになりました。このお城を建てるのにどれだけの人が苦しんだのでしょう。このお城を建てた方のキリシタン迫害は本当に残虐きわまりなく、雲仙地獄も見てきていたあとでしたので胸が詰まってしまいました。
そんなお城も今ではキリシタンの資料などが展示されてます。


先日の大雨の被害が。
強そうに思える石垣も天の力にはかないません。
これを修復するのにはたくさんのお金がかかるそうです。
原城の石もあるそうです。
みっともないから早く修復してほしいと言っている住民の話をテレビで見て、富の象徴なんだなあと感じました。


お城の敷地の中に北村西望さんの記念館がありました。南島原市の出身だそうです。
あの「長崎平和祈念像」を造られたかたです。
力強さに圧倒させられる作品。
井の頭の動物園の中にありました北村西望さんの記念館で、何度かコンサートをさせていただいた事を思い出しました。


体が海の波のように迫ってくる作品たちの中で、とても穏やかなで、なめらかな質感の観音様が夕日に照らされていました。人類永遠の愛と平和を作品にした北村西望さんの祈りが込められているようでした。


島原の事は実際よく分からない事がいっぱいでしたが、分からないなりに、感じることができました。これほどのキリシタンがいて迫害を受けた地で、長崎市や、外海のような哀しみや祈りの声が聞こえてこないのはなぜだろうと思っていました。それは苦しみも哀しみも罪もみんな背負って神のもとへ行かれたからでしょうか。

街の中にほっこりと教会がありました。


島原カトリック教会
島原半島殉教者記念聖堂で、日本26聖人殉教400周年にあたる1997年に建てられました。

八角形の聖堂の天井から光が差し込み青い十字を映していました。


スタバトマーテル


祈る預言者


島原の乱の陣中旗


十字架の後ろの壁に丸い穴があいているのはロザリオの珠をイメージしているそうです。迫害の時代、キリシタンたちはロザリオを手に心の中で熱心に祈りました。


生命の川
命の川をシンボルとして作られました祭壇の壁。
入口のばら窓のステンドグラスが映し出され、本当に天上へ川のように美しく投影されていました。
川を辿れば泉へ行き着く。
信仰も恵みの川をさかのぼって神の泉へとたどり着きます。
ロザリオの祈りを通して命の川をさかのぼり神のもとへと。


雲仙島原の悲しい歴史。
朝見えなかった雲仙の山が
赤く染まる夕焼けに包まれ
静かにそこにありました。

チェレステ楽団
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2011.06.25