先月の満月の日、大分の津久見にあります素敵なお家にお呼ばれして
「まん月のおうちコンサート」をしました〜。

少し早く着いたので、津久見にある宗麟公園へ行ってみました。


津久見はキリシタン大名、大友宗麟の終焉の地。


洗礼名はドン・フランシスコ。


大分出身の建築家「磯崎新」氏の設計のキリスト教式の墓。

1551年、フランシスコ・ザビエルが豊後を訪れ、大友宗麟の保護のもとに豊後各地にキリスト教が布教されました。ザビエルの後を継ぎ、コスメ・デ・トルレス神父やその後のルイス・デ・アルメイダ神父により大分は日本の教会の中心地となり、教会、病院、乳児院が建てられました。

世界に眼を向け、進んで西洋の文化を取り入れた宗麟。
1557年のクリスマスイブには、日本で初めて大分で西洋音楽が演奏されたそうです。また1582年には宗麟の遠縁にあたる伊東マンショを団長とする少年使節団がローマへ派遣されます。南蛮文化が華開いた時代でありました。

そうして北部九州を支配した宗麟でしたが、島津軍との戦いに疲れ、衰退し、当時流行していた熱病に冒され、1587年5月23日(享年58歳)に津久見を永眠の地として没しました。

大分の地で育った私ですが、音楽を始め、いまもずっと続けていられるのも、宗麟さんが大分に音楽を響かせていただいたおかげかもしれません。クリスチャンではありませんでしたが、1年中クリスマスキャロルを聴いていたり、高校の音楽部でうたった「キリエ・エレイソン」がなぜか心に染み渡りっていたのも、なにか土地のなじみがあったのかもしれません。
そして、いつも旅をしてここ大分に帰ってくると、原点がやはりここにあると感じます。
深い感謝の気持ちを込めてお祈りをしました。

さあ「まん月のおうちコンサート」へ。


なんてかわいらしい看板かしら。
なんだかとってもわくわく。
わ〜子供たちがいっぱい。かわいいいなあ。
「まん月のおうちコンサート、はじまりますよ〜。」
子供たちがお客様を呼び込んで下さいました。
オリジナルや、今日は子供がたくさんでしたので童謡も歌いました。
そしてたくさんのごちそうを囲んで、みなさんでお話したり、楽しい時間を過ごしました。

 


素敵なプレゼントもありました。
みんなきらきらと一生懸命聞いて下さいました。
こうして音楽をつなげてゆける事が幸せです。
満月会に呼んで下さり本当にありがとうございました。

なんだかとっても幸せな気持ちになり、
車でうとうとしていましたら、


月にかかっていた雲もすっかり消え去り
ブルームーンが顔を出しました。
長い夜はつづきます。
さあこれから屋久島へと渡りますよ〜。

どうぞお月様、私たちをお導きくださいませ。