小樽へ来たものの、まだ朝が早く、お店もみんなしまっていますし、慣れない船旅に疲れていましたので、小樽から西の方へ30分ほど余市という町にある、「スペースアップル余市」という道の駅で、ゆっくり休憩することにしました。

余市の町は祖母が北海道にいるときに住んでいた町です。
雑貨屋さんをしていたと聞いていたのですが、そういえば祖母は洋裁が大好きで、よくお洋服や、編み物や、小物を作っていました。母は、また雑貨屋さんがしたかったんじゃないかなあ。と言っていました。祖母の作るものは、どこかハイカラでおしゃれ。私のライブのとき時々祖母の作ったお手玉を使うのですが、昔のかわいらしいお花柄の生地でたくさん作ってカンの箱に保管していました。きっと子供たちに縫ったお洋服の端切れで作ったのでしょう。懐かしいお洋服のがらがパッチワークになっていました。そんな祖母のゆかりのまち。どんな町でしょう。

町を散歩してみました〜。
すると立派な西洋的な建物が、、、。


ニッカウヰスキー北海道工場・余市蒸溜所


“日本のウイスキーの父”と言われる竹鶴政孝氏とリタ夫人。

竹鶴氏がスコットランドに留学のときに恋に落ちて、駆け落ち同然に結婚したそうです。
「スコッチに匹敵するウイスキーを日本でつくりたい。」という夢を持ち続ける竹鶴氏にリタ夫人は
「マサタカさんは、大きな夢に生きていらっしゃる。その夢は日本で本当のウイスキーをつくること。私もその夢を共に生き、お手伝いしたいのです」
そういって、母国を離れ、竹鶴氏を支え、彼についてゆくことが自分の役目であると信じ続けたそうです。
また戦時中で、イギリス人というだけでいろいろな制約を受けたそうです。
しかしリタ夫人は日本人以上に日本人らしい気配りで、日本人女性の理想像となったそうです。
そうして、二人は幾多の試練を乗り越え、スコットランドと気候風土が似ている余市の町に、ニッカウヰスキーを誕生させました。


スコットランドの荒涼とした大地に一面に咲くヒースの花が余市のリタロードに沿って咲いていました。
スコットランドでのある時、リタ婦人は、竹鶴が日本の打楽器・鼓を持っていることを知り、自分のピアノとで合奏しようと誘ったそうです。
文化の違いを超えて、音楽を通して心を通じ合う二人の楽しい思い出。
小さなヒースの花からこぼれるたくさんの愛情の香りが漂っていました。