杵築城を後に国見町の方へ海岸線を走ります。
今日は巡礼の旅だね。とトシオさん。


ペトロ・カスイ岐部神父記念公園へ着きました。
赤い屋根の記念聖堂。毎年10月に顕彰のための岐部祭が開催されるそうです。


聖堂は閉まっていましたが、入り口からすっかり内部が見渡せます。
町の方のおかげできれいにお掃除されています。

 


舟越保武氏によるペトロ・カスイ・岐部神父のブロンズ像。
遠く海の向こうを見ています。舟越保武氏のペトロ岐部神父様への思いがしっかりと刻み込まれています。心を決めた神父様の堂々とした姿が美しい、、、


公園の後ろの小高い丘は、岐部一族の居城であった岐部城跡だそうです。
上に登ると、遠く姫島が見えました。

ペトロ・カスイ岐部神父
1587(天正十五)年、この豊後国国東郡の岐部で、岐部城主・ロマノ岐部と波多マリアの間に生まれました。あの大友宗麟死去の年です。やがて13歳で長崎の有馬セミナリオに入学しラテン語や音楽などを修めます。キリシタン禁教令後もマカオに渡りイエズス会コレジオに学んでいます。しかし日本人への偏見によって司祭への道が閉ざされ、ローマへの旅を決意します。インドからアラビア、パレスティナの陸路を経てローマに至り、日本人として初めてエルサレム、そしてローマを訪れます。1620(元和六)年ローマにて司祭に叙階。その後、殉教を覚悟して日本への渡航を希望し、日本にキリスト教をもたらした、フランシスコザビエルと同じ経路をたどりながら、日本へ帰国。激しい迫害を受けながらも九州より東北まで移動しながら信徒を励まし続け、1639年7月4日殉教しました。


海に浮かぶ姫島。夕焼けの霧の中に包まれて何とも美し。
激しい迫害を受けながらも、信者たちを励まし続けた神父様の思いが、
今私たちにも聞こえてきます。
きっと震災に遭われ心を痛めている全ての人に、たくさんの愛を注がれている。
そう信じています。