先日のライブのあった別府という町には温泉がたくさんありますが、
その中でもお気に入りが明礬温泉。
よく湯ノ花という物がお土産屋さんに売ってありますが、これは、この温泉の噴気を浸透させ集成結晶させたものです。あの独特な香りが嫌いな方もいらっしゃるかと思いますが、(実際私も子供の頃はくさ〜いと鼻をつまんでいましたが)最近なんだかとてもあの香りが大好きでなんです。温泉から帰った後も、かなり香りが残るので、お洋服やお布団にも香りがついて、夜寝るとき何日か癒されます〜。
先日訪れたとき、明礬温泉街と反対側の道に明礬八十八カ所お瀧場参道入り口という看板を見つけてとても気になって、行ってみました。

看板か100メートルほど登ってゆきますと滝がありました。この地に、大正初期、安野智円という女性が弘法大師をお祀りし苦しみ悩む人を助けるため、住民や信者の寄進により大師堂を落慶、そして弘法大師のお告げにより88カ所の仏を金比羅様、鍋山、滝場、クロオソ一帯に観音像・弘法大師1対ずつが安置されたそうです。


その後娘の内田ロクを中心に、あちこちの山に安置された仏をこの滝場の霊場に集めたのが、現在の「明礬八十八カ所」だそうです。

混乱しそうですが、明礬温泉の由来は
「天の愛明彦之尊は病気を治す神少名彦之命の兄上で心の優しいお方で、ある日大ガマが蛇に大方飲まれて泣いているのを見てあわれと思い蛇の口を閉じガマを助けたがそのとき蛇の毒気に当てられ全身吹き出物が出来て何年もお困りの時、里人より豊後の地に皮膚に効くお湯のあるのを聞いてこの地に来てお湯が明礬にてきつい難病も癒え皮膚の業病に苦しむ者を救わんとてこの地に留まりお湯を作し明礬を作ることを教え多くの人を救った。その後この地の守護神となり明礬を地名として今でもこの神が氏神であられるのだ。
弘法大師を名乗ったのは数百年前からある弘法大師が諸人に分かり易くなじみ深くして大師は諸人を助ける仏でしたので明礬の氏神様も弘法大師道祖神もごいっしょ?(看板がなかなか読みづらく、、、)である。」弘法大師のお告げより

明礬温泉は本当に皮膚に効きます。私はよく乾燥肌でかさかさかゆくなったりするのですが、ここに入るとぴたっととまって、なんだかいい感じです。ここでしばらく滞在してお肌ツルツルにしたいですね。でもやさしい愛明彦之尊のおかげで、今では湯の花があればご家庭でも湯治が出来ますね。ありがとうございます。
湯の花製造技術は国の重要無形民俗文化財に指定されているそうです。是非お試しあれ。

先日天使の舞い降りる丘でのパーティーでチェレステ楽団の演奏を聞いていただいて、声をかけて下さった別府の方のご自宅で昨日演奏をさせていただきました〜。


とっても素敵なご自宅で、アジアンな雰囲気にとても居心地が良かったです。
またお家の方もとても素敵な方々で、ゆっくりのんびり楽しい時間でした〜。
皆さん真剣に私たちの演奏を聞いて下さり、本当にうれしかったです。インドの置物や掛け物に囲まれていたので、トシオさんのタブラもしっくりなじんでいました。
私も心地よく演奏することが出来ました〜。本当にありがとうございました。


演奏の後には、皆さんが持ち寄りでお食事を用意してありました〜。
おいしかった〜。男性の方で五穀パンを焼かれた方がいらして、五穀の味がしっかりしておいしかったです。同じ世代ほどの方々の集まりでしたので、久々に大笑いしながら楽しく過ごしました。


ロールケーキ食べたいね〜。別府だったらどこがおいしいのかなあと、朝、母と姉と話をしていたら、びっくり長〜いロールケーキを買ってきて下さった方がいらして、とっても感動しました。和菓子屋さんで作られているそうです。小豆が入った生地はふんわりしっとり。和と洋が上手に合わさって、おいしい!!今もちょっと思い出すだけで、、、本当においしかった〜。
ありがとうございました。

出会いの中で演奏させていただく機会をいただけて本当に感謝です。
みなさんの心の広場でみんなで演奏しているような気持ちになりました。
また遊びに行かせて下さい〜。
本当にありがとうございました。

自然に帰っていった町には、可愛らしい植物たちが。


いろんな植物が寄り添って
大地に根を張り一生懸命生きています。
春の訪れに喜びがあふれていました。

父が昔よく遊んでいた山のある小松というところへゆきました。
なにやら山の上の方に小さな薬師堂があるそうです。
途中、近所のおばさんに行けるかどうかを聞いたら、最近薬師講なるものがあったので、道も整備されて今いいよ〜。お参り行っておいで。
と言われていたので、張り切ってゆくことに。

木漏れ日がきれい。

森林浴。いい香り。

父の子供の頃はこの辺り草原で、駆け回って遊んでいたそうです。今は草木がじゃんじゃか育っています。山の中に水路の洞窟や民家の石垣が残され、一つの集落があったようです。神社もお寺も病院もあったそうです。みんな村を出て行って、忘れ去られた緑の村。


ずんずん進んでゆくとだんだん険しくて、本格山登りのよう。道が整備されて〜って。ロープは張っていたけれど。プチクライミング。


ぐるぐるぐる。緑が迫ってきます〜。


つきました〜。大きな岩の狭間に、これは祠というのでしょうか。人が5,6人座ったらいっぱいになる程の大きさです。

建物の中には小さなやさしいお顔をした薬師の像がありました。「おんころころころ せんだり またおに そわか」というお札が張られており、何回も繰り返し唱えるそうです。集落の人は代々薬師さまを大事にしてきたようです。祖父は公務員だったそうですが薬についても詳しく、昔はお家で薬草を調合していたそうです。今では私の姉がハーブを庭中に植えて体調に合わせてお茶を入れてくれます。DNAでしょうか。

山を下ると津房川のせせらぎが。西日に照らされて幻想的です。


もちろん川にも立ち寄ります。
ススキが金色に光って美しい。岩の上で父がぼんやり川を眺めています。
子供の頃にすっかり戻られてしまっています。


この岩の下で雨が降ると雨宿りをしていたそうです。
山や川でいっぱい遊んでいた少年時代、たいそう楽しかったのでしょう。
山や川がお庭のようなものでしたから。
なんだかうらやましくなります。

そんな父に育てられた私も結構野生児です。山も岩場もなんのその。家族でよくキャンプに行きました川で一枚。


父の思いでのいっぱい詰まった安心院町。
駆け回っていた子供の姿が目に浮かぶようです。
まだまだ色々あるそうですが、父のふるさとめぐりの旅もおしまい。
安心院、その名の通り本当に心安らぐ町です。是非訪れてみて下さい。

今日は雨。
雨の音がしとしと。涼しく、気持ちの良い日です。

昨日のつづき、
「イモリ谷」という可愛らしい名前の村にあります安心院町の南光寺からはじまります。
上空から村を見るとイモリの形をしているそうです。


移転されたそうで、とっても新しい。
昔の寺跡からは鎌倉時代の古瓦が多く発見されているそうです。

仁王像。
木造の仁王像として県内で2番目に古いそうです。
国東半島に数々残る仏像の作者、仁聞菩薩の作と伝えられているそうです。
金網が張られ厳重に保管されていました。大分朽ちていたようです。きれいに修復されていました。
ものすごい筋肉。迫力があります。
スパルタカスも真っ青だね。とトシオさん。


奥に入ると菩薩さま。
そのおつきのような小さな木彫りのものが所狭しとたくさん並べられていました


それから仙の岩を是非写真に撮りたいと車を走らせ


わ〜すごい岩!!
100mの大絶壁平岩や大中小の屏風岩や大巖寺岩窟・奥の仙岩窟などがあり、1000年以上の昔から山岳仏教の修行場であったそうです。大昔、インド僧法道仙人が居たので『仙の岩』と呼ぶようになったそうです。

写真講座してますね〜。
逆光気味なので大変そう。どうなったかしら。上の写真はトシオさん作です。
ツツジも咲いて、岩も雄大で。素敵!!父の写真はどうなったかなあ〜。