前に髪を切ってから2ヶ月ほどたってしまって、ふたりとものびのびの髪に鬱陶しくなってきました。
そんな時のために、散髪セットを車に積んでいました。
そして、ぴったりの場所が。
田舎道のちょっとした休憩所のようです。


朝も早く、利用する人もいませんでいたので、
小雨の降るなか、散髪屋さんをしました。
散髪の免許は持っていませんが、
ここ何年かトシオさんの髪を切っています。
それがすごく面白いです。
しくじったり、ちょっと身を着ちゃった時もありますが、、、
でもすきバサミがあれば、だいたいうまく整ってくれます。
と思っていますが、、、。
私の方は、切りそろえるだけでいいので、と無理やり頼んで今回で二回目。
私の髪は多いので、なんだか調整が難しそう。


すっきりした二人は、そのまま近くの温泉へ。
実は初めての「温泉博士」の雑誌を利用します。
どきどき。
雑誌を見せるとハンコウを押してくれてそのまま入ることができました。
ちょっと感動。
河原の流れるせせらぎを聞きながら、露天風呂に入りました。

そして車を走らせると、また名水の看板。


このお水は妊婦さんや、赤子にとってとても良いお水のようです。


お水の神様が祀られていました。


傍に優しいピンクの花が咲いていました。

それから丹波の方の「丹波おばあちゃんの里」という道の駅で休憩をしていると、おじいさんが話しかけてくれました。
チェレ号がたいそう気に入ったようで、いいなあ〜。とまじまじと見ていました。
おじいさんの軽トラックには、何やら道具がいっぱい。
これから、周辺の草取りをするそうです。
するとおじいさんやおばあさんが続々とやってきました。
田舎の道の駅の掃除や草取りは、ほとんど地元のシルバーサークリルの方々がボランティアでやっているそうです。若い方々に帰ってきてほしいと願って頑張っているそうです。
頭が下がります。


おじいさんと写真。


旅のお共にと、自家製の丹波の黒豆茶を頂きました。
本当にありがとうございました。


また車を走らせると、古墳のある「針・T・R・S」道の駅がありました。
(なんだか最近道の駅巡りをしています)


広くて気持ちが良いので、ここで練習することに。
でも油断してるとまた、日焼けして真っ赤かになってしまうので、日陰でこそこそ練習。
でもお外での練習は本当に気持ちが良いです。
道の駅、私たちのオアシスです。

おじいさん、おばあさん。
本当にありがとうございます。

あ〜台風しのげた〜。と思ったのもつかの間、
ゆっくり動いていて、まだ通過すらしていないそう。
ネットでも大惨事になるかもとか言ってるし、
瀬戸内のほうも危ないとのことで、どうしよう。
もし被害にあったら旅はそこで終わったしまう。
ということで、また鳥取の方向に非難することにしました。

雲の先の方へ。
念願だった鳥取砂丘が目の前に。これは寄ってゆくしかないでしょう。


わ〜すご〜い。本当に砂漠です。広いです。


広くで走っても走っても、まだまだ海は遠く。

ちょうど雨上がりで、砂がしっとり。
風で舞うこともないので、快適です。


あーやっと海のほうまでたどり着きました。
あの雲は台風の先端でしょうか。
ここまで来れば安心かな。
でも海は荒れて海風がびゅーびゅー。
飛ばされそうです。


それにしてもあーなんて気持ちが良いのでしょう。
この開放感。
台風のせいか、人っ子一人いません。
嬉しくって楽しくって、ふたりで思いっきりいっぱい歌いました。

 

 

 


砂丘に咲いた花や植物も見たことがないものばかり。
海風に負けず、真水の少ない砂の中で、一生懸命咲いています。
みんなちっちゃくて可愛いです。
砂粒は彼らにとって石ころのように降ってくるのでしょうね。
生きるって大変。


大満喫して車に乗っていると、
綺麗な夕日が空に広がっていましたので、展望台に行って見ました。

 


丘の上から夕日が時間とともに、色を変えてゆくのいつまでも見ていました。

いろんな道の駅がありますが、トシオさんのテンションが上がったのが、
「久米の里」。
7メートルの巨大ガンダムモビルスーツ。


何故こんなところに。
ちゃんとサンライズ認定のものようです。
作られた方がの津山市在住のかたで、自動車メーカーで働いていたそうですが、今やらなければと思いたち、両親を説得して、ふるさとで仕事の合間に制作していたそうです。
大好きがいっぱいになると、こんなことが出来てしまうのですね。

「台風が近づいているよ。」
家族やお友達にたくさんの心配して連絡してくれました。
ありがとうございます。
そのころは岡山の湯郷温泉という街に来ていました。
まだ雨も降っていませんでしたので、観光案内所の駐車場でトシオさんは仕事、私は練習をしていると、なにやらオルガンの様な音が。
「現代玩具博物館・オルゴール夢館」から聞こえていました。


手回しオルガン。
子供が不思議な可愛い楽器に大喜び。


私たちも怪しまれることなくあんな風に喜んでもらえたらいいのになあ〜。


日もくれて来て、温泉地ですので日帰りのところはないかなあと探していましたが、なかなかお手頃に入れるところがありません。
仕方がないので検索してみると、川沿いに市営の露天風呂があるということで、向かいました。
まさか混浴?と思いましたが、男女別でしたので、入ってみました。
雨が振り出し風も強くなって来ましたので、誰も来ることはなく、一人満喫。
でも台風大丈夫かなあ。


その日の道の駅は、運良くテントを貼っているところがあり、
そこでお世話になることになりました。
雨に当たることなくゆっくり過ごせました。


真夜中になると雨もやんで、朧夏月が。
お月様が傘をかぶっていました。
なんだかよけいに怖い〜〜。

日本海側に出てきたものの、やはり暑さはかわらず、涼しそうに感じる海沿いも車で走るには暑すぎで、のぼせてぼんやり危険ですので、峠の道は大変ですが、山を越えながら北上してゆこうと、内陸に入ってみました。
鳥取砂丘に行ってみたかったのですが、砂がきっと焼けるようで、歩けないというだろうとあきらめました。


移動ばかりしていると、トシオさんのネットの仕事が出きないので、車の止められる場所を探し、良い広場がありましたので、そこで休憩することに。

車での移動の中で、パソコンの仕事がどれだけ出来るか、というのも今回の旅の中での挑戦で、観光をしたい私の願いも聞きつつ、その合間をぬって、車での電気の確保、ネットの通信、その他モロモロ、トシオさんは本当に大変そうです。
感謝です。
パソコンも、今1台を二人で使っていますので、私のブログが出来るときは、だいたいトシオさんが疲れて昼寝をしている時。
ですので、ものすごくたくさん出来る日と、ちょっとの時と、まちまち。
(現在の時間と記事がズレこんでなかなか追いつきませんがすみません。)

仕事も一段落して、お風呂にゆくことに。
実はこの町とっても素敵なところだったのです。
その町は三朝温泉という町で、散策してみることにしました。


まずはお風呂へ、三朝温泉の発見の湯と言われています「株湯」へ


昔、三徳山へお参りに行った大久保左馬之祐という源義朝の家来が、白オオカミと出くわし、弓で討とうとしたが、殺生はならんと思い直し見逃すと、夜、妙見菩薩が枕元にたって、助けた礼と言って「かの根株の下からは湯が湧き出ると」告げ、それ以来こんこんと湧いて8百なん十年にもなるそうです。
放射能温泉と聞いてやはり少し怖かったですが、町のいつも来られている方々は肌がつるつる。
中国地方は、ラドン温泉が多いのですが、入るととっても肌がツルツルになります。


町に明かりが灯り昔懐かしい町並みがぼんやり夢のように浮かびます。


綱引き資料館にあった神社の模型。
日本最古の神社が山の奥にあるそうです。


毎年5月4日の夜に行われるお祭りの「大綱引き」。
藤カズラをより合わせて雄雌2本の大綱を作り、結合させ東西で引きあう伝統行事だそうです。
映像を見ましたが、大迫力でした。


たくさんの作家さんや芸術家のに好まれた場所のようです。
私の大好きな童謡作家の野口雨情が三朝温泉を舞台に「三朝小唄」という流行歌を作詞していたそうで、映画にもなって、その記念モニュメントがありました。

三朝小唄
野口雨情
一、
 泣いて別れりゃ サイショ空までエー
 ヨイトヨイトサノサ 曇る
 曇りゃ三朝がよ ヤレ
 三朝がよ 雨となるヨー
二、
 大瀬ぼうきじゃ サイショ三朝がエー
 ヨイトヨイトサノサ 見えぬ
 
三朝山陰やまかげよ ヤレ
 山陰よ 山の中ヨー
 「ハ出雲の帰りにゃ 又おいで
 寄らずに帰るは 二心
 その時ァ私が 追ってくヨー」
三、
 三朝湯の神 サイショ二人がエー
 ヨイトヨイトサノサ お好き
 一人ゃ寝しゃせぬよ ヤレ
 寝しゃせぬよ 帰しゃせぬヨー
四、
 三朝河原に サイショ河鹿かじかがエー
 ヨイトヨイトサノサ 鳴くよ
 恋し恋しやと ヤレ
 恋しやと 主を呼ぶヨー
五、
 三朝三朝と サイショ皆様エー
 ヨイトヨイトサノサ いやる
 
 恋の懸かけ橋よ ヤレ
 懸橋よ
 あればこそヨー
 「ハ出雲の神様 縁結び
 寄らなきゃ後から 追ってくヨ
 追っつきゃその時ァ 掻かっちゃくヨー」

三朝小唄のモニュメントのあるところに後ろには
公衆浴場があって、河原で露天風呂ですので、、目に入ってきますので、
慌てて写真をとりました。


三朝神社はの手水舎は温泉でした。


ひとめで、あれ〜宮沢賢治みたい〜と思ったら、ここは河本緑石資料館「カンパネルラの館」で、宮沢賢治のファンが集う喫茶店だそうです。


河本緑石が宮沢賢治の遺作「銀河鉄道の夜」の“カムパネルラ”のモデルのひとりといわれているそうです。詩集や宮沢賢治からの手紙なども展示されています。


「キューリー祭」というお祭りをやっていました。
もう夜の8時過ぎでしたが、続々と町の住んでいる人がお家から出てきて、賑わっていました。
町がいきいきしていて、とっても可愛い街です。おしゃれで、古風で、なんとも大好きな感じ。
映画の影響か、若いカップルもたくさん。こんな素敵な温泉街ってあるんですね。びっくりしました。
またゆっくり散策したいです。

島根県に来たからにはやっぱり出雲大社へ。
暑い夏は日の差したお外を観光するのが大変体力を奪ってしまいますので、
朝早くに参拝にゆきました。


力強いなあ。
ここのところ訪れていた場所が、宗像三女神の女らしい華奢な神社が多かったせいか、鳥居からしてどっしり感じます。


松の並木道。
広々としていますが、昔はこの道がいっぱいになるほど人が参拝していたのでしょうね。


仮拝殿。
実は今60年に一度の「平成の大遷宮」による御本殿改修工事をされていて本殿の方に参拝する事は出来ませんでした。大國主大神様は仮のお住まいでありますこの御仮殿にいらしているそうす。
すぐここにいらしているのですね。
参拝者たちの4拍手の音が響き渡ります。

すると太鼓や笛の音が。
どんどん。
リズムも力強いけどほんわかで神話の世界に迷い込みそう。


本殿の後ろに須佐之男命を祀る素鵞社という小さなお社があるそうですが、こちらも参拝出来ませんが、こちらもちゃんと遥拝所が設置されていました。

砂の入った箱が二つありました。
右には『素鵞社御神前にお供へいたしました御砂です。』
左には
『お持ちになられました御砂をお納め下さい。』
とあります。
よくわからなくって、右の砂を左に移して見たのですが、なんだかすっきりしなく、悩んでいると、トシオさんが右の砂を持ち帰って、次に来た時に左にお返しするんじゃない?というので右のお砂を少し頂いて帰りました。
 
実はこの砂、家や土地に撒いて、その場所の魔や穢れを清める砂「清め砂」というものでした。
車にもご利益あるかなあ。

そして左は海から持ってきた砂を素鵞社の床下に撒き1年寝かせ、その砂を持ち帰り今度は家の周りに撒けば災難避けになる。という事でした。
 
日本海の時に荒々しい海。古代の人々は神の存在を感じずにはいられなかった事でしょう。
大切にされてきた信仰は、今も変わらずここの人々の心の支えでありつづけているのですね。


明治12年の出雲大社教創始の際に、本殿とは別に大国主大神を祀っている神楽殿


大注連縄。
ものすごい迫力です。
長さ13m、周囲9m、重さ5tで日本トップクラス。
神楽殿では婚礼なども執り行われているそうですよ。


日供祭。
朝のお供えでしょうか。
朝と夕に神様に食事を差し上げる祭りだそうです。
出雲大社では毎日宮司が自らこれを行うそうです。


折角ですので宝物館に寄って行きました。
三柱。
中は小さな展示室ですが、神様に捧げられた職人たちの傑作のお宝が収められていました。
するどすぎて肉眼では刃先が見えないほどの刃先、触れただけで血がしたたりそうな政宗や備前おさふねの刀。
日本画や琵琶、漆器など本当に見事でした。
「かた」に「ちから」をいれたのが「かたち」ですから、そう教えてくれた係りの方。
いろいろと丁寧に説明してくれましたので、とても楽しめました。

その係りの方のおすすめで、島根県立古代出雲歴史博物館にも訪れてみました。
こちらは、まあ立派な施設。見所満載です。


巨大神殿模型。
様々な方が独自の解釈で作られています。
天空にそびえる神殿。
出雲大社境内から出土した宇豆柱が出てきたおかげで、伝説だった巨大神殿が現実味を帯びてきたようです。

その他にも、出雲地方の歴史や、風土記の展示、シアターまであって、1日中楽しめそうです。が全部細かくみようとするとかなり疲れます。ほどほどに のはずでしたがぐったりお腹も空いたので、お昼をいただきにゆきました。


出雲そば。


そばがきぜんざい。トロトロふわふわ。
美味しくってほっとしました。

大きな力で日本は守られている。
そんな安心感でいっぱいになりました。
どんどんどん。
太鼓のリズムで足どりも弾みます。
またお参りにゆきたいです。
ありがとうございました。

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