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網走監獄博物館に行ってきました。
先日、一度トライしようと網走に来たのですが、目の前にしてトシオさんの体調不良やなんだか重苦しい雰囲気に諦めたのですが、とても気になってまたやってきました。
 
先日網走を通った時、いとこの「あんなところ行くもんじゃない」という言葉を思い出し踏みとどまってしまった私たちですが、それもそのはず。あの日私たちが行ったのは、現在の網走刑務所前だったのです。博物館は移築復元され、別の場所にありました。あのただならぬ雰囲気は、まさしくその場所だったからなのでしょうか。そして勘違いしていた私たちは、いとこの「あんな所行くもんじゃない」という言葉がなかったら本当の刑務所を訪れることになっていたのかもしれません。本当にあんな所行くもんじゃないところでした。いとこに感謝です。
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庁舎
水色とグレーの和洋折衷な建物。
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庁舎の中で、囚徒が切り開いた北海道開拓の歴史をまず紹介されます。
全く想像していたものと違っていたことにびっくりです。時代や政治が絡んだ壮大な話でした。
こんなことが行われていたなんて、、。言葉をなくします。
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二見ヶ丘の農場と刑務支所では自給自足を目指して管理から収穫まで収容者が行い監獄の食料を賄ってきたそうです。近代的な農業を早くから取り入れていたそうでたくさんの大型の農機具がありました。
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わ~大きな樽。畑仕事だけでなく、味噌、醤油、漬物、道具や煉瓦、建物作りまですべて受刑者の仕事。
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立派なレンガ。作りも完璧です。受刑者たちは、北海道の開拓のために全国から集められ、畑を切り開くだけでなく、道路、飛行場、施設などの建築など開拓にむけて北海道の各地で働きました。その礎があって、開拓民の移住や、屯田兵などが送られるようになり、北海道に人が集まるようになったそうです。
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旧網走監獄庁舎
旧網走監獄舎房及び中央見張り場
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放射状に広がる5棟の舎房はベルギーのルーヴァン監獄を模倣して作られたそうです。
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美しい造りに監獄であることを忘れてしまいそうになるほど。

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天窓から降り注ぐ光が一層建物の美しさを引き立たせていました。希望の光であったのでしょうか。
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受刑者が恐れた窓のない独居房。私の父が昔観光に訪れた時、あまりの悲しみに涙を流したと言っていました。こんな暗闇に閉じ込められたら、心はどうなってしまうのでしょう。信仰の光がなければとても耐えられない場所です。
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そんな受刑者の心の拠り所、教母堂。
「神仏が宿るところ」と、囚徒たちが精魂込めて建てたと言われています。
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和風の外観からは想像がつかないほどの美しい内部。ゴシック教会建築の尖塔アーチ。礼拝堂のような穏やかで清らかな空気が流れていました。もう閉館間近だったので、私たちしかお客さんがいなく、少し声を出してみると、素晴らしい響きの空間でした。こんなに美しく響く空間に出会ったことがないほど。天上とつながっているようでした。慈しみの場所があったことが何よりもの救いです。
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そして、施設にはたくさんのお花が植えられていて、悲しみをぬぐってくれました。
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施設は大変広く、様々な展示がしてありました。ここでは心苦しく紹介できませんが、大変勉強になりました。

人の心が崩れてゆく世界。お花が沢山咲いていなかったら、怖くてここにいれなかったでしょう。
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鏡橋の水面鏡は「わが身を見つめ自ら襟を正す」という意味が込められているそう。
最後にこの橋を通って普通の社会生活へと戻ります。
睡蓮の葉っぱが川にいっぱい。お釈迦様の救いの手のひらでしょうか。両岸には菖蒲の花が美しく咲いていました。
 
網走監獄
明治時代の初め、ロシア政府の南下の脅威に備え北海道開拓を急ぐ政府の施策に道路建設がありました。そして目が向けられたのが、囚徒たち。囚徒たちの労働力を活用して道路建設が行われたそうです。囚徒のほとんどが明治政府に反乱した士族や思想犯。
北見と網走を結ぶ163キロの中央道路は、わずか8ヶ月で完成させました。それは厳しい自然環境の中、過酷な労働をさせられた囚徒たち、また監視員の犠牲の元に作られたものでした。その悲惨さは想像を絶するものでした。人が人を裁き罰を与えることの恐ろしさ、目的のために人を利用し、度を超え人を人として扱えなくなってしまう人間の恐ろしさに身震いがしました。北海道の開拓に囚徒たちの犠牲があったことをはじめて知りました。今こうして車で旅をすることができていること、豊かな作物の恵み、人の営みの底には深い悲しみが眠っていることを知りました。また思想が違っていたというだけで捉えられるなんて、、。今の政治でもあり得なくない話なのでとっても怖くなりました。悪の歴史を繰り返さないように、祈るばかりです。
網走監獄に眠る人々の魂が清められ、天に昇ることができますように祈りを込めて。感謝とともに。
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北見のおんねゆ温泉の道の駅にいたら、とってもにぎやかな音が鳴り響いていました。
なんだろうと思ったら、大きな仕掛け時計でした。
観光客もわざわざ時計を目指して訪れるほど。世界一の鳩時計だそうです。

本当に大きな青い鳩が羽ばたいています。緑の楽隊の動きも可愛らしくて、つい真似したくなります。

 
そして、この近くでポンユという温泉に入りました。昔動物が入っているのをアイヌ人が見つけ、入ってみたら傷の治りが良くなったそうです。かすかに硫黄の香りがする温度がぬるめの湯と、香りはしない普通の温度の湯の2種類あって、どちらもアルカリのとろっとした感じの優しいお湯で好きな温泉でした。毎日入りたくなる温泉でまた絶対寄りたいです。
鳩時計とポンユに癒され、寝不足も解消されました。
ありがとう!
 
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北見のハッカ記念館より。
津別峠展望台での雲海観察で朝眠るか迷って、でも大興奮冷めやらず、トシオさんはお休みしたのだけれど、私はそのまま練習をして朝ごはん食べ、北見のハッカ博物館へ。やっと車移動している途中で眠くなり、記念館に着いた頃には熟睡。トシオさんが起こさずそっとしておいてくれたので駐車場で1時間眠ってしまいました。この日はとっても気温が上がって暑さで目がさめると、とっても素敵なピンク色の洋館が目の前に。わ~かわいい。車から出ると、さわやかな風が吹いて、かすかにハッカの香りがしました。
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記念館にはハッカと人との暮らしや、北見ハッカの歴史、製造工程のこと、懐かしのハッカ商品の展示など見所たくさんでした。
北見ハッカは、世界のハッカ市場の70%を占めていたそうです。
ハッカが石油から作られるようになると、安いハッカが出回り、衰退してしましたがここ北見では和種のハッカから今でも作られ、天然植物の香りは草や土の香りも混じり、とても心地の良い香りでした。
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古代からハッカら人を癒してきたハッカ。
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製造工程を写真やビデオで説明してあります。大変な作業でびっくりしました。
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ハッカの結晶。美しいですね。
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ハッカ入りの砂糖菓子の記念館。可愛い。
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記念館はホクレン北見ハッカ工場の研究所だった建物だそうです。 
重厚で優雅な木の造りが、ハッカが栄えていた頃の面影を感じさせてくれます。 
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ハッカの葉っぱ
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薄荷がお庭に沢山植えてありました。
薄荷とは、入り混じって群がり生える地下茎の草という意味だそうです。
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蒸留所では、実際蒸留されているところを見学させていただきました。
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乾かした和ハッカ。
紫蘇科の茎は四角いそうです。干したハッカを蒸留してオイルを抽出します。
精製していないオイルは土や草の香りが残り、心地よい優しい香りです。
ハッカティーもいただきました。発酵したような香ばしく優しい味がしました。
車の中の暑さで熱中症気味だったのでハッカティーや、オイルの香りに大変癒されました。
ありがとうございました。
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館長さんがとっても素敵な方で、いろんなお話をしてくださいました。北見のことを全くわからず来てしまったのですが、ハッカのお話や北見のオススメの場所など教えてくださいました。音楽が大好きな館長さん。お歌が大好きだそうで、私たちの音楽も興味を持ってくださり、旅のお供にとお土産まで持たせていただきました。館長さんの優しさに涙がこぼれそうになりました。こんなあたたかい人に出会えるなんて。生きていて良かった。おかげで北見が大好きになりました。
また寄りたいです。いつまでもお元気で、また一緒に歌いましょう。
 
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津別峠の展望台に来ました。
屈斜路湖や、知床連山、オホーツク海まで見渡せます。なんて清々する眺めでしょう。
澄み切った青空が少しずつ暮れてゆくところです。
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夕日は湖と反対側に落ちるのですが、またこの眺めも素晴らしい。
山々のグラデーションは最高の芸術家の作品ですね。
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夜になると満天の星空。肉眼でも天の川がはっきりと見えました。
20170618 - 26.jpgチェレ号と天の川。
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湖の方も美しい~。でも下の方はうっすらと霧がかかってきました。これはもしかしたら。と期待を込めてちょっと仮眠。

コーヒーを飲んで寝たので、すぐに目が覚めて起きてみると、空がうっすら明るくなっています。
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わ~なんて美しい。朝焼けと雲海。涙がでそうです。
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この日は土曜日でしたので、たくさんのカメラマン達がこの雲海朝日のシャッターを切ろうと夜中から集まっています。
その意気込みったらすごいです。オールナイトの方もいました。みんなどんな写真が撮れたのかなあ。
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雲のモコモコが気持ちよさそう。飛び込みたくなる~。
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わ~見えてきました。一斉に歓声が起こります。
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大きな太陽が顔を出しました。美しい茜色の光に、息を飲んで見つめます。
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赤く輝く太陽。みんな写真を撮るのを忘れたかのように眺める瞬間がありました。まるで祈りをこめるように。
静寂な時間が流れます。
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光は高く昇っていきます。赤く染まっていく雲のも生きているかのように形を変えていきます。
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光はもっともっと高く。
輝く太陽、あ~眩しい。夜更かしのカメラ隊は、コウモリのようにこの眩しさに耐えられず帰っていきます。
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とうとう私たちだけ残されてしまいました。
大興奮の夜でしたが、気づかず、体が冷え切って車に帰るとすぐにコーヒーを入れて暖をとりました。
摩周の道の駅で出会った方に峠を勧めていただかなかったら行かなかったかもしれなかったので、本当に感謝です。
出会いって不思議です。最高の時を用意してくれる。
トシオさんの憧れのカナダの車ロードトレックに乗ったご夫婦。いつもはほとんど他のキャンパーに自分から話しかけたりしない内気なトシオさんが意を決して「憧れの車なんです。」と声をかけてお知り合いになりました。「幸福、夢を追い続けること」をテーマに旅をしているご夫婦。今を大事に、やれることを後悔のないよう生きていこうと思う。と教えてくださいました。
素敵な出会い、素敵な空に感謝!
ありがとうございました。
 
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森つべつの森歩きと、津別の展望台を勧めていただいて、森林セラピーをしました。
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ノンノの森。ノンノはアイヌ語でお花の意味だそうです。
ちょうど「クリンソウ祭り」が開催されていて、クリンソウの咲く森を歩くことができました。
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夕方のいい時間帯で、優しい木漏れ日にお花がニコニコ咲いているようでした。
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私も、踊り出しそう、、、。ではなく実は前日雨が降っていたので森はブヨがすごいんです。動いていないと服の上からでも刺されます。
でもいい運動。植物が踏まれないように舗装されている道ですが、木のチップでふんわり気持ちの良い道です。
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クリンソウ。花束のようなお花たち。ささやかな花束に森も動物もみんな癒されます。

チェレステ楽団
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